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2006年01月29日

『佐賀の恵比須は日本一』その2

恵比須様の信仰は日本各地にあります。一般的には恵比須、大黒と一対に置かれているようですが、大黒様は大きな袋を肩に担ぎうちでの小槌をもっていて、恵比須様は釣竿を右手に大きな鯛を横に抱えている姿が多いですね。佐賀の恵比須信仰は、恵比寿様だけが祀られているのです。たまに双体恵比須といわれているのもありますが、お相手は大黒様ではなくて、ご夫婦に見えます。何しろ旧市内で4百数十体、家の角々に、にっこり笑って座って居られるのですから、「佐賀の恵比須は日本一」といっても過言ではないでしょう。一番古い恵比寿様は寛文9年(1669年)の銘がある文字恵比須、恵比須像では、元禄3年(1690年)が判明しています。
佐賀市は有明海に面し、城内まで縦横に走るクリークに沿って海運業も盛んに、直接荷揚げも行われ、東から西に長崎街道の中心でもあり、商業も盛んで、往来も大いに賑わっていたので、大漁祈願、商売繁盛、旅の安全祈願などの意味があったのでしょう。なんと今では、祈願をすれば宝くじが大当たりと話題になっているのです。次は当たると言われている祈願の仕方をお話します。
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投稿者 MuraokaAsa : 23:00

2006年01月18日

佐賀の恵比須は日本一 その1

佐賀の街を歩くと家の角に石の恵比須像が置かれているのが目に付きます。坐高約40から50センチぐらいで台座の上に載っています。座っているもの、片足を下ろした半跏の姿、などがあります。鯛を抱えているものが大半ですが、面白いものに、大福帳を広げているもの、そろばんを持っているもの、踊りを踊っている立ち姿もあります。その笑顔の表情はさまざまで、ひとつとして同じ顔がないのです、この顔は誰かに似ているとか、こんな顔で笑えたらどんなによいだろうとか、表情を見るのも楽しくなります。なんと、その数は四百数十体といわれていましたが、最近行われた町村合併で広がった佐賀市で五百体以上になるのではないでしょうか。旧長崎街道沿いの今では裏道になっている古い町並に多く見受けられます。  さて話は変わりますが、なぜか佐賀は宝くじがよくあたるのです。販売金額よりも当選金額が大きいそうです。すごいでしょう?恵比須さまの胸の宝珠にくじを当ててお祈りするとご利益があると、夢を追うツアーが東京、大阪あたりから来られるようになってきたのです。その続きはまたいたします。

投稿者 MuraokaAsa : 23:11

2006年01月13日

にぎわった初恵比須

1月9,10は佐賀で恒例の初恵比須のお祭りが行われます。大阪西宮から佐賀に勧請して101年目にあたり、商業人でお祭りを始めて35回目のお祭りに大恵比須を勤めさせていただきました。福恵比須3名小恵比須34名の祭典委員で行いました。以前は男性ばかりでしたが10年ぐらい前から女性も加わるようになって来ました。女性では初の大恵比須を今回拝命して身の引き締まる思いでした。停滞消沈している佐賀の町ににぎやかさを演出しようと、女性たちに着物のパレードを呼びかけ、たんすに寝ている、留袖に日の目を当てて欲しいとお願いしたところ、160人の留袖の行列が実現したのです。なんと美容組合のかたがたの好意で日本髪に初穂を挿した本格的いでたちも十数人交じり賑々しさに大変喜んでいただいたようです。前日までの凍えるような寒さがその日から暖かい晴天になり今までにない人出になりました。お天気が何より有り難いことでございました。佐賀は日本一の恵比須の街と言われています。そのお話を次は書かせていただきます

投稿者 MuraokaAsa : 23:06

2006年01月04日

私の初夢

正月3か日は穏やかな日が続きました。私は地元の神社、佐嘉神社、与賀神社、金刀比羅神社に参拝して社業の発展、社員の健康、それに今年、私が責任を果たさねばならない初恵比須の成功を祈願しました。金立の金刀比羅神社は佐賀平野を一望にする山腹にありますが、筑後川の河口が銀色に光って見え、南の有明海まで平野が広がるのどかな景色はきっと7〜8000年の昔からある景色であろうと思いました。このほど金立から我が国最古であろうと思われる形が整えられた縄文時代の木製の皿が発掘されたのです。吉野ヶ里に象徴されるように豊富な古代の遺跡と穏やかな土地と人々、これこそ佐賀の誇れる資源ではないかと思います。やがて全国から人々が佐賀を訪れて楽しんで下さる日が近いことを確信しました。

投稿者 MuraokaAsa : 21:44

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